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レンゲ3

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試作中期

〜レンゲについての考察その三〜

前回、中国の食事に関するマナーについて
いろいろと書いてきましたが、その後、
古いカンフー映画のDVDを引っ張りだしてきて
文化人類学的視点において注意深く鑑賞してみました。
(というか元々カンフー映画が大好物♪)
そこで、中国の庶民もふつうに茶碗を手に持ち
豪快に麺をズルズルーっとやっているシーンに出くわしたのでした。
んま、これはあれだ。。
日本でいうなら、立ち食いそばやラーメン店などにおける
割り箸を口にくわえて片手でパッチンと割る
またはお新香の小皿をうっとうしそうにお箸で引き寄せたりする
排他的男の美学のようなもので、フォーマルな場とはまた異なる
「分かってるけど、こういうとこではこういうもの」
という事であろう。話を進める。

日本人が作る日本人のためのレンゲ。
どういう形が使い良いのか。
まず、定規を口に当て、軽くイーをしてみて
その寸法を測る。個人差はあれど、約4.5センチというところ。
そして今度は口の中に定規を差し込み、
平気から不快へと変化するぎりぎりのラインを割り出す。
これがだいたい5.5センチほど。
つまり、横4.5センチ、縦5.5センチ以内で
デザインしなければならない事が分かったのでした。

そしてなにより忘れてはならない事は、
蓮の花びらを模した形状である事。
すなわち柄の部分がすっと浮き上がっており
その下には柔らかな陰が落ちていて、
可憐な蓮の花弁がテーブルにふわりと乗っかっているような
そういう形である事。

まとめてみると、
1.蓮の花びらをモチーフに美しく
2.スープも米粒もしっかりすくえる事
3.横4.5センチ、縦5.5センチ以内のヘッド
4.歯の形状に合っている事
といったところでしょうか。

通常、うちで製作しているカトラリー達は、
刃物の削り痕を残した仕上げにしていることが多いのですが、
今回に限っては、全面をサンドペーパーで仕上げ、
つるりと滑らかな表情に仕上げたのでした。

ーーつづくーー

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レンゲ2

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レンゲ製作初期の試作。
側の立ち上がりが強く、やはりというか使いづらい。
頭で想像して分かっているつもりでも、
やっぱり作っちゃうのです。んで、
「やっぱりな」と心からうなずきたい。

レンゲについていろいろと調べるうち、まず気になったのが
レンゲの本場中国での食事のマナーと、日本のマナーとの違いでした。
中国では、まずお皿を持たない。
持って食べる事はマナー違反となるそうです。
なので、左手にレンゲ、右手にお箸、
その二つを駆使してお皿は持たず品良く食べる。
そして、中国は直箸文化である。
大皿に盛られた料理をみんなでつつき合って食べる事が
親睦の証、それゆえ食材は全て一口大にカットされていて
お箸でつまみやすく調理されている。
そのために、中国のお箸は長く、太い。
そしてお箸でつかみにくいチャーハンや豆腐料理などの
柔らかいもの、またスープなどの際に、
レンゲはその役割を発揮してくるという訳なのです。

また、お皿に残るチャーハン問題。
これは、ちょっとだけ残すのが礼儀なのだそうです。
残さず食べると、「あなたの用意した料理は、私には足りませんでした」
という意味になり、ホストの顔を立てるという意味で
少しだけ残し、お腹いっぱいいただきました、ありがとう。
とする、と。 へーーー(おもしろい!)

世界三大料理と言われるほどの中国料理である。
その多種多様な料理に対し、レンゲが一種類であるはずもなく、
本場中国ではレンゲにもたくさんの種類があるそう。
そこでさっそく、中国の料理店でのテーブルセッティングや
中国国民の食事の様子をyoutubeにて検索、確認。
なるほどなるほど。。ムフ

しかしである。ここは日本。
丼を片手に、ずるずるーっと豪快におそばを食べる日本において、
レンゲが浸透、発展を遂げなかったのは致し方のない事。

日本人が作る、日本人の為のレンゲ。
ここに焦点を絞りデザインを進めようと決めたのでした。
もったいない精神が日本には根付いている。
お皿には米粒ひとつ残してはならぬのだ。


ーーつづくーー

| 仕事 | 21:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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節分

レンゲの話をちょっと置いといて、、

夕食後、一日遅れだけどちびっ子もいることだし
豆まきするか!ということになった。
そこでまず、事前に用意していた豆を入れる容器を折り紙にて作製。

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娘もお母さんの手つきを見よう見まねで奮闘。
完成。(娘は未完)
で、鬼の面をベルトにしてはしゃぐ娘。

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この辺までは、まだ余裕のある感じ。
去年はお父さんが鬼の役だったから、
今年はお母さんが鬼!ということで、、

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「ムハハハハ」
そこで2〜3歩後ずさり。
「ゆ〜〜な〜〜!」とゆっくり立ち上がる鬼(母)に
大パニック&全力で豆を投げ始める。
豆を受け取っては投げ受け取っては投げ、
「友菜ちょっとおちつけおちつけーー」とたしなめるも
もはや耳に入らない様子。しまいには箱ごと奪い取り
えーーいっ!!

「はい友菜これが最後の一粒だよ!」
これまたすぐさま奪い取り「えーーい!」

そんなに全力で戦うか君は。。

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これにはさすがに父も母も硬直。
そんなに戦うんだ。。

子供って面白い。
来年からはもう少し過激に襲ってみようかと思いました。

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| 暮らし | 00:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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レンゲ

レンゲを作ろう!と思い立ち、
ここ数日のあいだ試行錯誤しております。

ーーーレンゲーーー

改めてその形状を思い浮かべる時、
ある釈然としない記憶が蘇ってきたのでした。
それは、中華料理店やラーメン屋などでの使用感。
すなわち「なんでこんな形してるんだろう?」
と疑問に思いつつそれまで放置してきた問題。

スープを飲む時には深さがあってとても便利なのだけど、
気になるのはチャーハンや麻婆豆腐などを食べるときの
前歯から犬歯にかけてのカーブに明らかに合わないその形状です。
犬歯のあたりでガツっと淵に当たっているのに
底の方にある米粒などがすくい取れない深さ。
しかたがないので柄の部分をほぼ垂直に
ぐいっと立ててゆき、口中への落下を促しつつ
最後のほうで唇でムニュッと包み込むような
食べ方になりがちなこと。
そして、平皿によそったチャーハンは、
残りわずかとなった米粒をうまくすくえないこと。

どうせ作るなら、そういう問題を解決したレンゲにしたい。
そうしてレンゲに関するあれやこれやを調べていくと
実に奥深い世界が広がっているのでした。

まずレンゲは、正式名称を散蓮華(ちりれんげ)と言い、
散った蓮の花弁にその形状が似ていることに由来します。
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写真:wikipediaより拝借

こうしてみると、ホントそっくり。
最初、デザインをするにあたり
竹製のおたまや朝鮮半島で古くから使われているスッカラなど
割と自由な形状をざっくばらんにイメージしていたのだけど、
「蓮の花弁」を模した形状でなければ蓮華とは呼べないことが判明。

〜蓮の華についてwikipediaからの抜粋〜
仏教では泥水の中から生じ清浄な美しい花を咲かせる姿が
仏の智慧や慈悲の象徴とされ、様々に意匠されている。
如来像の台座は蓮華をかたどった蓮華座であり、
また厨子の扉の内側に蓮華の彫刻を施したりしている。
主に寺院では仏前に「常花」(じょうか)と呼ばれる
金色の木製の蓮華が置かれている。

このあたりから「これは深みにはまってきた感」が
漂い始める。

あれからたくさんのことを考え、悩み、今では
なんか一巡して、結局元に戻ってきた感がありますが、
せっかくなので、どういういきさつでレンゲの形状を決定したのか
ざっくりと書き連ねてみようと思い立ったのでした。

ただ長くなるので二つか三つに分けて書くことにします。

次回へとつづく。。

| 仕事 | 20:58 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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HIP HOP

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年末に、大学時代の親しい友人と
久しぶりに夜更け(ほぼ明け方)まで呑んだ。

二件目に入ったバーで、学生の頃みんなでよく聴いてた
懐かしいhip hopがずっと流れていて、あんまり嬉しいもんだから、
今ハマっている曲などについて話していると、
なんだか「おまえまだhip hop聴いてんの」的な雰囲気に。

あれ、、?

で、君はなに聴いてんのと尋ねたら、ちがう音楽の話になった。
ふむー なるほど。

〜というちょっと長めの前振りから〜

僕は仕事中、ラジオを除いて
ほぼヒップホップかヘビーメタルを聴いている。
といっても、今現在最も旬な、売れてる曲には全くウトくて、
好きなアーティストの新作を買い続けているだけだけれど。

ときどき「モノ作りをするなら、静かな音楽の方がはかどるのでは?」
と聞かれる事があるけど、僕に言わせれば
ただでさえ静かなのに余計に ”静かっぽく”してどうする である。
ちょっとくらいうるさい音楽の方がちょうどいい。

僕がhip hopに最もドップリ浸かっていたのは16〜20歳の頃だ。
その頃は、ストリートで人目もはばからず(いや注目されたがっていた)
ずーーっと踊っていた。あれから十数年が経ち、
当時好きだったアーティストにも音楽性の変化が出てきた。
メンバーが増えたり減ったりするし、ロックやレゲエなどの
テイストを取り入れてみたりもする。その試行錯誤が嬉しい。
この時代を共に生きているな、と感じる。

音楽と木工は、表現という部分では同じと言える。
何かを伝えようとしなければ良い作品は生まれないと
僕は考えている。ならばそれが最善かと言えばそうではなく、
プリミティブアートのような例もあるけど、
なにか確信的な意図をもって僕は取り組みたい。
どんなに素晴らしい絵画でも、真っ暗闇の部屋の中では
「ただの真っ暗」なのだ。

なんだか熱く、深くだだっ広い話になってきたけれど、(笑)

とにかく僕はこれからもhip hopと共に仕事をするだろうな、
と確信したお話。



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| 仕事 | 00:13 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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